『利権争奪 JALとANA 迷走の40年』
「国内で『権益・省益争い』に終始する間に、日本の空はアジアのなかでかすんでしまった。」― 日本で航空事業が自由化されてから40年。JALとANAという2大航空会社の競争を軸に、航空行政、政治、空港の発着枠、JAL破綻と再生、LCCの誕生、コロナ禍まで、日本の航空業界を翻弄してきた「利権争奪」の歴史を描いた本があります。
本日紹介するのは、1968年山梨県生まれ、早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社し、経済部、京都支社を経て産業部で、トヨタ自動車、西武グループ、日本航空、ソフトバンクなどの経営問題、ゼネコンなどの不良債権問題、商社、エネルギー業界などを長年取材し、現在は日本経済新聞デスクを務める藤井秀文さんが書いた、こちらの書籍です。
藤井秀文『利権争奪 JALとANA 迷走の40年』(日本経済新聞出版)
航空業界には、羽田・成田の発着枠、国際線の路線権、地方路線の維持、空港整備、行政による規制など、一般の企業とは大きく異なる「政治と行政」が深く関わっています。
著者は、日本の航空業界が40年間にわたり繰り広げてきた競争を丹念な取材で振り返りながら、JALとANAの経営判断を左右してきた政治・行政・企業の複雑な力学を浮き彫りにしています。
本書は以下の8部構成から成っています。
1.JAS争奪――「羽田枠」巡るJAL、ANAの攻防
2.ANAの一点突破――羽田空港国際化、崩せ国交省の壁
3.もがいた8年、空白の8年
4.ダッチロール、官民なれ合いの果て
5.幻のJALとの統合
6.遅れてきたLCC
7.デルタの逆襲――加速する「日本パッシング」
8.企業の成長阻む「省益」
本書の前半では、航空自由化からJAS争奪、ANAによる国際線への挑戦、JALの経営迷走へと続く日本航空業界の激動について、以下のポイントを紹介しています。
◆ 1980年代までの日本の航空業界では、JAL、ANA、東亜国内航空という3社の事業領域を行政が事実上すみ分ける「航空憲法」と呼ばれる枠組みが存在していたが、その見直しによって競争の時代へ入っていった
◆ 航空会社の競争力を決定する最大の経営資源の一つが「羽田空港の発着枠」であり、JASをめぐるJALとANAの攻防も、機材や顧客だけでなく貴重な羽田枠を誰が確保するかという争奪戦だった
◆ 国内線で強かったANAにとって国際線進出は悲願であり、採算面から「国際線撤退」の声が社内で高まっても、「国際線のない航空会社は航空会社じゃない」という強い意志で国際線事業を守り続けた
◆ ANAは羽田空港の国際化を将来の成長戦略に位置づけ、国土交通省との難しい交渉を重ねながら、成田中心だった首都圏の国際航空政策を変えることに挑戦していく
◆ 一方、JALはJASとの統合後も組織運営に苦しみ、社内対立や経営陣の混乱、政治・行政との関係など、複合的な問題が重なって経営危機への道を進んでいった
この本の中盤では、JAL破綻と再生、その後のJAL・ANAの競争、そして日本でのLCC誕生について解説しています。主なポイントは次の通り。
◆ JALでは「役所が最後は守ってくれる」という意識が危機感を薄れさせ、会社、行政、政治が絡み合う「内向きのトライアングル」が抜本的な経営改革を遅らせる要因となった
◆ 経営危機が深刻化する中で設置された「JAL再生タスクフォース」はわずか1カ月で解散するなど政治の混乱も続き、最終的にJALは2010年、会社更生法の適用を申請する歴史的な経営破綻に至った
◆ 破綻後のJALは大胆な路線整理やコスト削減などによって急速に収益力を取り戻し、再上場を果たしたが、その復活によって今度はANA側から「公的支援を受けたJALとの競争は公平なのか」という問題提起が起こった
◆ JAL再建後の競争条件をめぐっては、いわゆる「8.10ペーパー」がJALの新規投資や路線展開に影響を及ぼし、航空会社間の競争と航空行政との関係が再び大きな焦点となった
◆ 世界でLCCが急成長する中、日本は対応が遅れたものの、ANA系のピーチなどが誕生し、「3年で飛ばせ」というスピード感のある事業開発によって、日本の航空市場にも新しい競争軸が生まれていった
本書の後半では、スカイマーク破綻、デルタ航空など海外勢との競争、コロナ禍、地方路線、成田・羽田問題を通して、日本の航空産業が抱える構造問題について説明しています。主なポイントは以下の通りです。
◆ 規制緩和によってスカイマークなど新規航空会社が登場したものの、航空事業には巨額の設備投資と高度な経営管理が必要で、スカイマークも経営破綻に追い込まれ、その再建をめぐって再び航空各社の思惑が交錯した
◆ デルタ航空をはじめとする海外航空会社との競争が激しくなる中、日本国内でJALとANAが発着枠や路線権を争っている間にも、アジアでは巨大空港や有力航空会社が急成長し、競争の次元そのものが変化していった
◆ 羽田空港の国際化は利用者の利便性を大きく高めた一方、成田空港との役割分担という長年の航空政策上の問題を生み、首都圏空港政策には今なお複雑な歴史的経緯が残っている
◆ 新型コロナウイルスによって航空需要が文字通り「蒸発」したことで、航空会社はかつて経験したことのない危機に直面し、需要変動への耐久力や事業構造そのものが問われることになった
◆ 日本の航空産業が今後成長するには、JAL対ANA、企業対行政という国内の「利権争奪」にとどまらず、アジアを中心に激変する世界の航空市場を見据え、国全体として競争力を高める視点が不可欠になる
本書を読んで強く感じるのは、航空会社の経営は、普通の民間企業以上に「国の政策」によって運命が左右されるということです。とくに象徴的なのが、羽田空港の発着枠です。
航空会社がどれほど優れたサービスを提供し、新しい路線を開設したいと考えても、空港の発着枠がなければ飛行機を飛ばすことはできません。しかも、羽田のような世界有数の巨大需要を持つ空港では、一つの発着枠が極めて大きな経済価値を持ちます。
したがってJALとANAの40年間は、顧客獲得やサービス向上をめぐる競争であると同時に、限られた「空のインフラ」をめぐる競争でもあったわけです。
もう一つ、本書の大きな読みどころがJALの破綻と再生です。かつて日本を代表するナショナル・フラッグ・キャリアだったJALが、なぜ経営破綻にまで追い込まれたのか。
そこには、単純な放漫経営という説明だけでは理解できない、航空行政、政治、地方路線、社内組織などの複雑な背景がありました。とくに印象的なのは、「役所が最後は守ってくれる」という意識が危機感を奪ったという指摘です。
JALが一度破綻し、従来のしがらみを断ち切るような改革を行った結果、驚異的なスピードで収益力を回復したことは、この問題の根深さを象徴しているように感じます。
一方で、再生したJALが強くなれば、今度はANAから見て「公的支援によって競争条件が歪められた」という問題が生まれます。
本書には「悔しかったら潰れてみろ」という刺激的な言葉も登場しますが、まさにJAL再生をめぐる両社の感情と利害の激突を象徴しているでしょう。
また、日本国内で「羽田枠をJALとANAのどちらに何枠配分するか」と争っている間にも、世界ではもっと大きな市場をめぐる競争が進んでいたのです。
本書タイトルにある「迷走の40年」とは、まさにそこを指しているのでしょう。
私は航空業界を見るうえで、これから重要になるのは「JAL対ANA」という視点だけではなく、「日本の航空産業対世界」という視点だと思います。
インバウンド需要が拡大し、日本人の海外旅行やビジネス往来が回復していけば、航空ネットワークは観光だけでなく、日本の国際競争力を左右する重要な社会インフラになります。
そしてJALとANAという日本を代表する2社が、国内で限られたパイを奪い合うだけでなく、世界市場でどう成長していくのか。
本書は、航空ファンやJAL・ANAの利用者だけでなく、規制産業における企業経営、官民関係、産業政策、企業再生、国際競争力について考える優れた企業ノンフィクションになっています。
また巻末には、激動の時代に経営の当事者だったANAホールディングス元会長・伊東信一郎氏とJAL元社長・植木義晴氏へのインタビューも収録されており、40年間の歴史を経営者自身の視点から振り返る貴重な内容になっています。
JAL破綻・再生という「企業経営のドラマ」と、羽田・成田を舞台にした「航空政策のドラマ」を同時に読み解ける一冊として、ぜひ読んでほしい本です。
YouTubeチャンネル「大杉潤のYouTubeビジネススクール」でも、人生100年時代の働き方、ビジネス、経済、旅行やライフスタイルなど、仕事と人生を豊かにする情報を発信しています。ぜひチャンネル登録をしてご覧ください。
https://www.youtube.com/channel/UCIwJA0CZFgYK1BXrJ7fuKMQ
では、今日もハッピーな1日を!【4198日目】








