書評ブログ

川口マーン恵美『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』(講談社+アルファ文庫)

川口マーン恵美さんは、1956年大阪生まれで、ドイツのシュトゥットガルトに在住。日本大学芸術学部音楽学科ピアノ科を卒業し、シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科を修了。拓殖大学日本文化研究所客員教授で、作家でもある。

 

本書は、30年以上のドイツ居住生活を通して、日本とドイツを生活の様々な観点から比較した書で、改めて日本の良さが実感できる興味深い一冊だ。著者は、30年間の生活の舞台が常にドイツにあって、人生の重要な経験はすべてドイツ人たちとともに積んできた、という。

 

そうした長きにわたる異国生活を通して、逆に日本がつぶさに見えてくる。日本は、世界に向かっての自己アピールをあまりしない国民性であるため、日本の間違ったイメージが海外で定着することも多い。

 

しかしながら、日本には実は素晴らしいところがたくさんあり、例えば、人々の行動や思考の基本に思いやりが潜んでいるところ、あるいは電車が時刻通りに走ること地域の隅々にまで行き渡る宅配便サービスなど、世界が絶賛することも多い。

 

本書では、以下の6つの観点で、ドイツと日本を対比させて、日本のよいところ、悪いところを浮き彫りにしている。

 

1.日本の尖閣諸島、ドイツのアルザス地方
2.日本のフクシマ、ドイツの脱原発
3.休暇がストレスのドイツ人、有休を取らない日本人
4.ホームレスが岩波新書を読む日本、チャンスは二度だけのドイツ
5.不便を愛するドイツ、サービス大国の日本
6.EUのドイツはアジアの日本の反面教師

 

この中で、私がとくに印象深かった箇所は、ドイツの脱原発の現状についてだ。フクシマの原発事故を契機に、ドイツ国民は脱原発を決めて動き出したが、実はドイツは再生可能エネルギーの普及が高コストで進まず、電力不足になっている。輸出企業の国際競争力の観点から、しわ寄せは一般家庭に来るという。

 

また、ヨーロッパ諸国は原発建設のブームになっていて、とくにロシアと東欧諸国が原発建設に熱心だし、フランスは原発大国だ。これだけの犠牲を払って完全脱原発と再生可能エネルギーの推進を貫徹しようとしているドイツが、将来、原発の国に囲まれてしまうのは、なんだかとても悲しい図だ、と著者は嘆いている。

 

それから、会社での働き方というか、労働観についても日独の違いは興味深い。ドイツは、とにかく有休を権利として徹底して取る。時間が来ればサービスも停止するという考え方だ。したがって不便も仕方がない。

 

一方、日本人は労働やサービスに喜びややりがいを感じて、有休も取らずに働き、わがままな消費者に向けて徹底的なサービスを提供する。サービス残業も、日本の会社では普通に見られる光景だ。

 

どちらがいいとは一概に言えないが、日本の高いサービスレベルに慣れている生活者が、ドイツで生活するとその不便さにストレスをため、我慢ができないだろう。日本ほど便利な場所は世界のどこにもない

 

本書の最後には、EUにおけるドイツの立場と、TPPに参加する日本の立場を対比させて論じているが、よく似た立場であることは確かだろう。南欧諸国の恵まれ過ぎた環境が、逆に財政破綻を招き、ドイツによる支援・救済に頼る図式が、勤勉な日本が他のアジア諸国から頼られる構図と重なって見える。

 

日本のことを熟知した海外居住者から見た日本、という視点が新鮮で、本書からは得るところが満載だ。新たな発想のヒントとして本書を紐解くことを多くの方々に薦めたい。