書評ブログ

矢部武『60歳からの生き方再設計』(新潮新書)

矢部武氏は、1954年生まれのジャーナリストで、1970年代以降、日米両国を行き来し、取材・執筆活動を続けている。

 

本書は、60歳からの生き方を再設計している人たちの実践例を紹介しながら、著者自身が目指す指針も述べている注目の書だ。構成を以下のようにして、60歳以降の生き方を整理している。

 

1.生きがいの再設計
2.脱・会社人間の再設計
3.つながりの再設計
4.愛と性の再設計
5.働き方の再設計

 

矢部氏はアメリカでの生活経験が豊富なことから、アメリカ人のリタイア後の生きがい探求や、元商社マンなど海外駐在経験のある退職者の人生再設計の事例が多く紹介されていて興味深い。

 

上記1の生きがいについては、ボランティアを入り口にして、社会の役に立つという実感や、活動が広がって収入に繋がっていくなどのケースが多く、60歳以後の生活の再設計に参考になる。

 

上記2の脱会社という観点では、退職後の生活の中で夫婦の関わり方が大きく変わり、具体的な生活時間の組み立て方やお互いの時間をどう尊重するかなど、生活パターンに関する事例が興味深い。

 

上記3のつながりに関しては、超高齢社会の日本において、孤独死の問題や独居高齢者の生活が孤立する問題が大きい。孤立を防ぐための米国での取り組みとして、地域内で高齢者によるボランティア活動や相互扶助のカルチャーがあることなどが紹介されている。

 

日本の高齢者は家族以外の人間関係が薄くなる傾向が強く、孤立を避けるには生活圏内の地域コミュニティで新たなつながりや人間関係の構築が重要だろう。

 

上記4の愛と性の問題は、他の高齢化問題と一緒に論じられることは少なく、そういう意味で本書は網羅的にテーマを整理している姿勢に好感が持てる。60歳以降の恋愛やセックスは心身の健康に良いとされている。「ときめく心」 が大切、ということだ。

 

本書では、米国のオンライン・デート・サービス(ODS)という出会い系サイトの利用者が高齢者に急増している事例を紹介している。様々なタイプのカップルやパートナーとの関係は興味深く読める。

 

最後に上記5の働き方についてだが、これが今後の60歳以降の生き方については中心のテーマになるだろう。我が国の年金財政は実質的に破綻に向かっており、大幅な給付削減か支給年齢引き上げは不可避だ。

 

そうなると、高齢者の生きがいとつながる形で、就労し続けるという事例がどんどん増えていくし、実際に働きたいという意欲を持つ高齢者は多い。ここでもAARP(全米退職者協会)の取り組みが紹介され、日本でも大いに参考になる。

 

元気な高齢者が日本を活性化させ、医療費の削減にも繋がっていくだろう。 「60歳からの生き方を再設計する」 という本書のコンセプトにエールを送るとともに、すべての高齢者および予備軍となる方々に本書を推薦したい。