「SNSを眺めていると目に入る『#〇〇界隈』。実は、この小さな集まりがヒット商品や新しい市場を生み出している。」「平成女児界隈」「風呂キャンセル界隈」「筋トレ界隈」「勉強界隈」「皇居ラン界隈」など、いまSNS上には無数の「界隈」が生まれています。従来の市場セグメントやファンコミュニティとは少し違う、ゆるくて流動的な人の集まりが、消費者の行動を変え、企業のマーケティングを動かし始めているのです。

本日紹介するのは、1992年に博報堂へ入社し、営業職を経て2001年から博報堂コンサルティングブランド戦略の策定・実行支援に従事、同社代表取締役社長CEO、会長を歴任し、早稲田大学ビジネススクールを修了してMBAを取得、2025年から九州産業大学商学部教授としてマーケティング論、ブランド戦略を専門に研究している牧口松二(まきぐち・しょうじ)さんが、「界隈」新たな経済圏として捉え、その形成メカニズムから市場開拓の方法までを体系的に解説した、こちらの書籍です。

牧口松二『界隈経済圏「平成女児」「風呂キャンセル」から「伊能忠敬」「皇居ラン」まで』(日経プレミアシリーズ)

 

「界隈」という言葉は、もともと「銀座界隈」のように、ある場所の周辺を指す言葉でした。ところがSNS時代になり、「推し界隈」「筋トレ界隈」「平成女児界隈」のように、特定の趣味、行動、価値観、気分を共有する人たちを緩やかに括る言葉へ変化しています。

さらに、そこで共有される体験や物語が商品に新しい意味を与え、その商品が「界隈の必須アイテム」へと押し上げられ、やがて一般市場へ広がっていくことがあります。

つまり、「界隈」は単なるSNS上の流行語ではなく、新しい消費や市場を生み出す経済圏になっているのです。

本書は以下の8部構成から成っています。

1.「界隈」の正体 「銀座界隈」から「推し界隈」へ

2.界隈経済圏の形成メカニズム 「小さな共通体験」から「市場シフト」へ

3.界隈を測る ―〝ざわめき〟の聞き方と判断のKPI

4.コミュニティ論から界隈を考察する

5.界隈民からのヒット商品 小さな輪が「定番」をつくるまで

6.界隈とうまく付き合っている好調企業

7.CEP(カテゴリー・エントリー・ポイント)で界隈熱をつかまえる

8.小説「界隈経済圏をCEPで攻略せよ」

 

本書の前半では、「界隈」とは何か、そして小さな共通体験が市場へ広がる仕組みについて、以下のポイントを説明しています。

◆「界隈」は場所を示す言葉から、趣味や価値観を共有する「自称ラベル」へ変化した

◆ ファンダムが作品、ファンベースがブランド中心なのに対し、界隈は「テーマ」を軸に形成される

◆ 界隈経済圏は「きっかけ」「熱狂」「拡散」「市場シフト」の4段階で成長する

◆ 共通体験や物語が商品に新しい意味を与え、「界隈の必須アイテム」に押し上げる

◆「界隈起点」で見ると、生活者の感情や状況から新しい市場が見えてくる

 

この本の中盤では、界隈をどう測り、ヒット商品につなげるかについて解説しています。主なポイントは次の通り。

◆ 投稿数の絶対値より、増え方や拡散の「カーブ」を見ることが重要になる

◆ 界隈は固定的な組織ではなく、共通する感情や状況が重なる「ゆるい集まり」である

◆ 午後の紅茶、オイコス、たまごっちなどは、界隈の中で新しい意味を得て支持を広げた

◆「集中したい」「面倒くさい」といった日常の小さな感情が、新たな商品需要を生み出す

◆ 界隈発ヒットの共通点は、企業主導ではなく生活者の「共感の積み重ね」にある

 

本書の後半では、企業が界隈とどう付き合い、CEPを活用するかについて、説明・提言しています。主なポイントは以下の通りです。

◆ ドン・キホーテのように、複数の界隈が自然に交差する場をつくる企業は強い

◆ アシックスやYAMAPのように界隈の課題を支援することでブランドとの関係が深まる

◆ CEPは「どんな状況で商品カテゴリーを思い出すか」という生活場面から市場を見る考え方である

◆ 売上を支えるのは熱狂的ファンだけでなく、多数のライトユーザーでもある

◆ 界隈を観察すると、新しい利用場面やCEPを次々と発見できる

 

本書を読んで最も興味深く感じたのは、「界隈」を人の属性ではなく、「状況」から捉えていることです。

従来のマーケティングでは、「20代女性」「50代男性」といった年齢や性別などで市場を分けることが一般的でした。

しかしSNS時代には、同じ一人の人が朝は「皇居ラン界隈」、昼は「無糖紅茶界隈」、夜は「推し活界隈」にいることもあります。

つまり、人を一つの属性に固定して見るのではなく、どんな場面で、何を感じ、何を必要としているのかを見ることが重要になっています。「風呂キャンセル」のような一見ネガティブな言葉から市場が生まれるのも象徴的です。

企業が消費者を説教するのではなく、「今日は面倒くさいよね」という感情に寄り添い、そこから商品やサービスを考えることで共感が生まれます。

また、「平成女児界隈」のように、過去の商品や文化が新しい意味を持って再評価される点も興味深いところです。商品そのものが変わらなくても、使われる状況や語られる物語が変われば、市場は再び生まれるのです。

さらに重要なのが、CEP(カテゴリー・エントリー・ポイント)の考え方です。消費者は「50代だから」「会社員だから」商品を買うのではなく、「運動後にタンパク質を取りたい」「短時間で髪を乾かしたい」といった具体的な状況で商品を思い出します。

界隈を観察すると、こうした「商品を思い出す場面」が数多く見つかります。

これからのマーケティングでは、企業が界隈を無理につくるのではなく、すでに存在する小さな「ざわめき」に気づき、その文化や感情を理解することが重要になるでしょう。

また、シニア市場でも「60代」「70代」と年齢だけで括るのではなく、旅行、投資、スポーツ、推し活、学び、副業など、どんな界隈にいるのかを見る視点が重要です。

巨大な一つの流行ではなく、無数の小さな共感が同時に市場を動かす時代。「マス」の時代から、「界隈」の時代へ。

これからの商品開発やマーケティング、ブランディングを考えるビジネスパーソンはもちろん、SNSから生まれる新しい消費行動や、多様化する生活者市場に関心のある人にも、ぜひ読んでほしい一冊です。

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では、今日もハッピーな1日を!【4208日目】