書評ブログ

齋藤孝 『大人のための読書の全技術』 (中経出版)

齋藤孝氏は、1960年静岡県生まれで、東京大学法学部卒業、同大大学院教育学研究科学校教育学専攻博士課程等を経て、現在は明治大学文学部教授だ。

 

専門は、教育学、身体論、コミュニケーション論だが、TV番組の司会やコメンテーターとしても活躍している。著書もベストセラーとなった 『声に出して読みたい日本語』 や 『三色ボールペンで読む日本語』 などをはじめ多数ある。

 

「読書」 に関する著書も多く、本書はその代表作になると思われる、大人向けの非常に中味の濃い書だ。私の 「読書」 に対する考え方は、齋藤氏が本書で述べている主張に最も近いと思う。

 

本書の構成は以下の7部から成っている。

 

1.社会人にこそ、読書術が必要な理由
2.読書のライフスタイルを確立する
3.読書の量を増やす:  速読の全技術
4.読書の質を上げる :  精読の全技術
5.読書の幅を広げる :  本選びの全技術
6.読書を武器にする :  アウトプットの全技術
7.社会人が読んでおくべき50冊リスト

 

齋藤氏の考え方は、「すべての学問の基本が読書にある」 というものだ。読書を続けることで、ストレスに負けない精神力が身につく。

 

また、ビジネスで求められる 「脳のタフさ」 も読書によって鍛えることができる。「脳のタフさ」 とは、ビジネスの現場で、つねに知識や意識を総動員する必要に駆られることだ。

 

本書では、ドイツの哲学者であるショーペンハウエルがその著書 『読書について』 (岩波文庫および光文社古典新訳文庫)の中で述べている、次の言葉を引用している。

 

「読書は言ってみれば自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。・・・・・ 常にまとまった思想を自分で生み出そうとする思索にとって、これほど有害なものはない。」

 

そして、ショーペンハウエルは 「多読は慎むべき」 とも述べている、という。それに対し、齋藤氏の考えは、「人類は、優れた人の思考をなぞる形で、ずっと思考を深めてきているじゃないか。」 というものだ。

 

つまり、ショーペンハウエルは 「読書して得た知識を受け売りするのではなく、しっかり自分の頭で考えなければダメだ。」 と言っている、という解釈だ。

 

「読書」、それも習慣としての 「多読」 は思考力を育む、というのが、齋藤氏や私の基本的な考え方だ。

 

本書ではもう一つ、読んだ本と本のつながりが、読んだ人に大きな影響を与える、と指摘している。著者はこれを、「森のような、自分自身の脳内図書館を構築する」 と表現している。

 

森のような読書とは、幅広い読書であり、基礎教養、すなわち、リベラルアーツだ。そうすることで、「多様性」 に対する理解が深まり、「本が本を呼ぶ」 という、いい状態が生まれる。

 

また、「古典を読む」 ことも、基礎教養(=リベラルアーツ)として齋藤氏は薦めている。情報社会で変化の激しい現代は、価値観も多様化し、医学のような科学的な分野でさえ、意見が正反対に分かれたりする。

 

ある医師は 「ガンは手術で摘出すべき」 と説くが、別の医師は 「患者はガンと闘うな」 と主張して手術を否定する。これ程、意見が分かれる現代では、「時代を超え、地域を超える普遍の真理」 として、「古典」 は読む価値がある。

 

長い年月の風雪に耐えて読み継がれてきた 「古典」 には、現代にも通用する 「真理」 が隠されいている。「時代は変われど、人間の本質や物事の基本はそんなに変わらないんだ」 ということが、古典を読めば分かる、という。

 

最後に、本書の中で私がとくに感銘を受けて共感する著者の言葉を紹介したい。それは、「尊敬する人の本を手元に置くことで、人生の師と常に精神世界を共有できる」 という言葉だ。

 

「私淑」 する人物の本を本棚に揃えておくことは、常に敬愛する師匠とともに生活しているようなもの、ということだ。私にとって、本書や著者 齋藤孝氏はそんな存在になっているかも知れない。すべての方々に、心から本書を推薦したい。