書評ブログ

高岡浩三『逆算力』(日経BP社)

高岡浩三氏は、神戸大学を卒業後、ネスレ日本に新卒で入社し、そのまま代表になった。外資系では一度の転職もなく日本法人のトップになるという珍しい経歴だ。

 

この本は、高岡氏が手掛けてきたネスレ日本でのマーケティングの神髄が成功事例とともに書いてあるのだが、ほんとうのテーマはビジネスマンとしての生き方、考え方、働き方だ。

 

高岡氏は非常に稀な境遇に育っており、それが彼の生き方を決めている。それは、祖父も父親も、ともに42歳で他界しているという事実だ。死因はそれぞれ異なるが、42歳という日本では不吉な数字と、まったく同じ年齢で死を迎えているという重たい事実。

 

当人の立場では、運命と覚悟する重たい現実だったのだろう。そのため、高岡氏はいつも自分の人生は42年間と思って、それを前提に人生設計をしてきたし、仕事もやってきた。昨日紹介した『未来の働き方を考えよう』の中にあった、「人生の有限感を持っている」人なのだ。

 

起業家に多いこのタイプは、普通の人が不安と思うことは不安やリスクとは思わない。高岡氏の仕事のペースやスケールは、やはりジョブズ、孫正義らと同じように「経営者」としての器だったのだろう。

 

具体的には、地味だったネスレ日本のチョコレート部門で、キットカットの受験生応援キャンペーンが大ヒットしたストーリーが紹介されている。とくに地方の受験生が泊まる都心のホテルでプレゼントする企画は秀逸だ。

 

「キットカット」イコール「きっと勝つ」という語呂合わせなのだが、不安で藁をもつかむ想いの受験生の心をとらえた。高岡氏の顧客の声を直接聞く、という毎日の習慣、経営姿勢が生み出した大ヒットだった。

 

現在もネスレ日本は、ネスプレッソというコーヒーマシンで快進撃を続ける。ライバルはコーヒーメーカーではなくて、スターバックスなどのカフェになるという。手軽な値段と操作で、オフィスや家庭で美味しいコーヒーが飲める。

 

マシンで利益が出なくても専用カプセルが繰り返し消費され売れ続けることで高採算となる新たなビジネスモデルだ。どうしてこういう革新的な発想が出てくるのか。その答えが、42歳を人生最後の日とし、そこから今何をすべきかと逆算して考える「逆算力」というのが本書の核心だ。

 

これから社会に出る若者のみならず、ビジネスマンも起業家もぜひ参考にしたい、心から薦めたい珠玉の書だ。