『無銭横町』は、芥川賞作家の西村賢太さんが書いた最新短篇集です。父親が強盗強姦事件を起こして逮捕され、離婚して姉とともに母子家庭で育ち、中学卒業後は定職に付けずに家賃滞納と強制退去を繰り返す生活を送りました。
西村賢太『無銭横町』(文藝春秋社)
著者の西村さんは、幼い頃から読書が好きで、貧乏生活の最中でも、田中英光や藤澤清造などの作品を読んで強く影響を受けた、と言います。現代の「私小説」というジャンルを「平成の無頼派」として切り拓き、複数の文学賞を受賞しました。
この本は、以下の6篇の短篇から成っています。
1.菰を被りて夏を待つ
2.邪煙の充ちゆく
3.朧液
4.酒と酒の合間に
5.貫多、激怒す-または「或る中年男の独言」
6.無銭横町
主人公は、「北町貫多」、これは著者の「西村賢太」であって、まさに「私小説」の短篇集です。貫多が20歳になる前の、賃貸アパートを移るところから物語は始まります。
全篇を通して、貫多の怠惰な性格と、分かっているけど変えられない、堕落した生活が繰り返されます。そうした中でも、変わらぬ文学への想い。
殊に、田中英光の初版本を求めて、古書店や百貨店で開催される展示販売会などに、研ぎ澄まされた嗅覚で迫っていきます。食べるのに困る生活なのに、何としても読みたい、手に入れたいと言う渇望。
働くことには意欲はないが、文学を求める想いは際限なく拡がっていきます。そのギャップを描くところが、西村賢太の真骨頂なのでしょう。
人間は、理屈では分かっていても、込み上げる欲求に抗いがたい状況が時として訪れます。そこが、弱い存在である人間の本性を捉え、多くの共感を生んでいるのでしょうか。
また、全篇を通じて、煙草を手放せない生活習慣が描かれます。これも食事代や電車賃に困っていても、煙草代を優先してしまう人間の弱さです。
本来欲しい「ハイライト」を、安い「ゴールデンバット」に落としてでも3箱を確保したいという欲望は、読むと読者に「心の安らぎ」、「安心感」を与えるのでしょう。「ああ、自分だけではない」と。
途中、唯ひとり、「秋恵」という同棲する女性が登場します。喫煙の煙をめぐってのやり取りは興味深く、心の動きも人間味を感じる魅力になっています。
実は、私がこの私小説で、最も興味を持って、感銘を受けたのは、小説家として、原稿を執筆する「くだり」の部分です。
物書きである以上、「書く」ことについては当然、技量も意欲も持っているのですが、小説家によく聞くように、仕事の進み具合に大きな「波」があるということです。
構想を練ったり、執筆の準備をしたりする部分が長く、苦労する人が多いのです。その代り、筆が進み始めると、一気に原稿を仕上げ直前まで持っていく集中力があります。
著者の西村さんも、詳しく書かれた執筆の場面では、そのような感じでした。私も毎日、ブログ記事の執筆を続け、更新頻度を2倍の「1日に2回」とした、5月19日から、「書く」ことへの意識が変わってきました。
プロの物書きとしての「心構え」を持たなくては続かない、という「決意」のようなものです。やはりプロは、しっかりと「考える」時間を取って、入念に準備し、一気に原稿を仕上げ直前まで持っていく「集中力」が必要です。
最後の「仕上げ」は、またプロとして、慎重に練りに練って行う、ということでしょう。この「私小説」を読んで、そんな「プロ」の書き手の境地が、少しだけ分かったような気がしました。
最後に、著者の西村さんが使用する独特の言い回しについて、私にはとても新鮮でしたので、その表現を以下に紹介します。文学的に見た「評価」が高いのか低いのか、私には分かりませんが・・・・。
1.日を経てて(たてて)=経て(へて)
2.結句(けっく)=結局(けっきょく)
3.購めた(もとめた)=購入した、買った
4.お菰(おこも)=乞食
5.費い(つかい)=使い
6.悴けて(かじけて)=かじかんで、しおれて
西村さんはまた、2011年に『苦役列車』にて芥川賞を受賞した時のインタビューで、「そろそろまた風俗にでも行こうと思っていた。」と答え、爆笑を買っています。
平成の無頼派として、芥川賞受賞後も、次々と「私小説」の作品を発表し続ける西村賢太さんに、今後も注目していきたいと思っています。
では、今日もハッピーな1日を!