新井紀子さんは、一橋大学法学部卒業、イリノイ大学大学院数学科修了した理学博士。2006年より、国立情報科学研究所教授で、社会共有研究センター長だ。
専門は、数理論理学、情報科学および数学教育だ。本書は、コンピュータの技術進歩が、人間の知的活動に及ぼす影響を考察したもので、今後の社会の変化を鋭く予測している。
冒頭では、コンピュータがチェスの名人を破った事実が紹介され、コンピュータが得意なことと不得意なことを分析して説明している。コンピュータの弱点として、検索空間の指数爆発と呼ばれる壁が知られており、その部分が苦手とされている。
一方、限られた検索空間における思考は、それが人間にとってどんなに芸術的、神がかり的に見える思考であっても、比較的単純な作りのコンピュータのプログラムにもかなわない。
ここまでコンピュータの進化、容量の拡大や演算の高速化が進むと、現代の経済社会において大切なのは、人間の 「思い」 を実現するための能力ということになる。つまり、「第2言語として数学が話せる能力」 だ。
和分(自然な言葉)を数訳(数学的な言語に翻訳)し、それを数学者やプログラマーなど専門家に伝える能力が求められている。そこに使える技術があるならば、「思い」 をプログラムにすることは可能だ。
科学技術とビジネスとの間のコミュニケーション・ギャップを埋める時間をいかに短くするか、そこがまさに21世紀の経済の主戦場になる、というのが著者の考え方だ。
次に本書では、演繹と帰納という、古くからある科学者の目指す方向を説明している。論理的に結論を導く 「演繹」 と、過去のデータに基づく統計的な判断によって結論を導く 「帰納」 は、どちらも有益なアプローチだ。
ただ近年、コンピュータの大容量化、高速化の流れの中で、ビッグデータの大量・高速処理、統計的手法の活用が可能になったことから、帰納法によるプローチの精度が飛躍的に向上している。
最後に、本書で展開している考察の構成を以下に記しておこう。
1.消えて行く人間の仕事
2.コンピュータに仕事をさせるには
3.人間に追いつくコンピュータ
4.数学が文明を築いた
5.数学で読み解く未来
6.私たちは何を学ぶべきか
7.計算とともに生きる
本書では、具体的に、どのような人間の知的活動がコンピュータに取って代わられ、どんな活動は取って代わられないのか、ということを計算機と数学の理論から迫っている。
そして、我々は、今後職業人として、コンピュータに脅かされずに生き抜くには、どんな能力が必要で、何を学べばよいのかを明らかにしている。
21世紀に活躍する人材やキャリアとはどのようなものなのか、未来を予測して準備したい全てのビジネスパーソンや子を持つ親に、本書をぜひ推薦したい。