「京都住所の『上ル』『下ル』、1階と2階とで市が違うビル、長野県長野市南長野県町、住所の中に『ABC』や『渡辺』の文字―。」― 毎日のように何気なく使っている「住所」ですが、全国を見渡すと、思わず「どうしてこうなった?」と聞きたくなる不思議な住所が数多く存在します。そして、その一つひとつを掘り下げていくと、日本の歴史や行政制度、地域社会の成り立ちまで見えてくるのです。

本日紹介するのは、1973年岐阜県生まれ、名古屋大学教育学部卒業後、アルプス社で地図ソフト開発に従事し、同社の民事再生後はヤフー株式会社「LatLongLab」など地図サービスの開発を担当、その後Appleに転籍して渡米し、「マップ」の改善を手掛けてきたエンジニア河合太郎(かわい たろう)さんが、住所データに長年向き合ってきた経験をもとに、日本全国の不思議な住所とその背景、さらにAI時代の住所の未来まで解説した、こちらの書籍です。

河合太郎『ヤバい日本の住所』(幻冬舎新書)

住所は、郵便や宅配便を届けるためだけのものではありません。私たちは住所を使って、家や会社、店舗、病院などの場所を特定し、行政サービスを受け、地図やカーナビ、スマートフォンのマップを利用しています。

ところが、日本の住所は必ずしも全国共通の単純なルールでできているわけではありません。歴史的な地名、町村合併、住居表示、土地の登記、自治体の境界など、さまざまな制度や歴史が積み重なった結果、実に複雑な仕組みになっています。

著者は、地図サービスの開発を通じて、そうした複雑怪奇な「住所データ」に長年悩まされてきたエンジニアです。この本では、その経験を活かして全国のユニークな住所を紹介しながら、「なぜこんな住所が生まれたのか」「なぜ今も残っているのか」を解き明かしていきます。

本書は以下の3部構成から成っています。

1.そもそも日本の住所の仕組みはどうなっているのか

2.ヤバい日本の住所

3.未来の住所はどうなるのか

 

本書の前半では、日本の住所がどのような仕組みでできているのかについて、以下のポイントを説明しています。

◆ 住所は、単純に「都道府県→市区町村→町名→番地」という全国統一の仕組みだけで構成されているわけではない

◆ 日本の住所には、土地を基準にした「地番」と、建物の場所を分かりやすく示すための「住居表示」という異なる考え方が存在し、地域によって使われ方も異なる

◆ 住所の成り立ちには、明治以降の行政制度だけでなく、それ以前から続いてきた町名や集落、街道など地域固有の歴史が深く関わっている

◆ 市町村合併や区画整理、住居表示の実施などによって住所は変化してきた一方、地域住民の愛着などから古い地名が残されるケースも多い

◆ 住所とは単なる位置情報ではなく、その土地で暮らしてきた人々の歴史や文化、行政上の事情が何層にも積み重なった「地域の記憶」でもある

 

この本の中盤では、全国各地に存在する「ヤバい日本の住所」について紹介・解説しています。主なポイントは次の通り。

◆ 京都では「上ル」「下ル」など通りを基準に場所を表す独特な住所表現が使われており、碁盤の目状に形成された京都の街の歴史と密接につながっている

◆ 全国には行政区域の境界線が建物を横切るケースがあり、同じ建物でありながら1階と2階で所属する市が違うといった、常識では想像しにくい住所も存在する

◆「長野県長野市南長野県町」のように、都道府県名、市名、町名の組み合わせによって、初めて見た人にはどこまでが行政区分なのか分かりにくい住所が生まれることがある

◆ 日本全国を探していくと、「ABC」のようなアルファベットが含まれるものや、「渡辺」のような人名を思わせる文字が登場するものなど、住所に対する固定観念を覆す事例が存在する

◆ 一見すると珍妙に見える住所にも、歴史的経緯、行政上の都合、市町村合併、土地利用の変化、地域住民の思いなど、それぞれに「そうなった理由」が隠されている

 

本書の後半では、デジタル化やAIの進展によって住所が今後どう変わっていくのかについて考察・提言をしています。主なポイントは以下の通りです。

◆ インターネットやスマートフォン、GPSが普及した現在では、従来の文字列としての住所だけで場所を特定する必要性そのものが変化しつつある

◆ 地図サービスを開発する側から見ると、日本独特の複雑な住所表記をコンピューターが正確に認識し、位置情報と結びつけることは決して簡単ではない

◆ 宅配、物流、自動運転、位置情報サービスなどが進化すれば、人間に分かりやすい住所だけでなく、機械が正確に理解できる位置情報の重要性がさらに高まっていく

◆ 生成AIをはじめとするテクノロジーの進化によって、複雑な住所表記を人間が意識しなくても、AIがその意味を読み取り、正確な場所へ案内してくれる時代が近づいている

◆ それでも住所には地域の歴史や文化、そこに暮らす人々のアイデンティティが刻み込まれているため、単純に効率性だけを求めて整理すればいいというものではない

 

本書を読んで私が最も興味深く感じたのは、住所とは「場所を示す記号」であると同時に、「地域の歴史を保存したデータベース」でもあるということです。また住所は、そうした地域の歴史を現在まで伝える「文化遺産」と言ってもいいのかもしれません。

もう一つ興味深いのが、デジタル社会になればなるほど、日本の住所の複雑さが大きな課題になるという点です。地図サービスの開発者が「住所データに泣かされる」というのも納得できます。

一方で、AIの進化はこの問題を大きく変える可能性があります。これまでコンピューターには扱いにくかった曖昧な住所表現も、AIが文脈を理解し、位置情報データと組み合わせることで正確に解釈できるようになっていくでしょう。

さらにGPSや緯度・経度、デジタル地図社会インフラになれば、将来は長い住所を入力すること自体が減っていくかもしれません。

つまり、これからの住所には、「デジタル社会で場所を正確に特定する機能」と「地域の歴史や文化を伝える機能」という二つの役割を両立させることが求められるのではないでしょうか。

住所を知れば、街の歴史が見える。街の歴史を知れば、日本の姿が見えてくる。地図や街歩きが好きな人はもちろん、日本各地を旅行する人、地域の歴史に興味がある人、さらにAIやデジタル地図、位置情報サービスの未来に関心がある人にも、ぜひ読んでほしい一冊です。

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では、今日もハッピーな1日を!【4203日目】