書評ブログ

『「就活」と日本社会』を考える

毎年40万人の学生と数万社の企業が膨大な時間とコストを投入して行われる、日本の新規大卒者一括採用システムは、大学間格差の拡大、新卒無業者、「就活うつ」など、様々な社会問題を生み出しています。

 

それにも拘わらず、この特異な選抜システムは日本で何故、継続してきたのでしょうか。実際の選考がどのように行われているのか、「就活」に関するデータ・歴史・先行研究を踏まえながら企業側の採用活動の実態を本書は明らかにしていきます。

 

そこで本日は、偽りの「平等幻想」を浮き彫りにする渾身の就活論を展開しているこの本を紹介します。

 

常見陽平『「就活」と日本社会-平等幻想を超えて』(NHKブックス)

 

この本は、2012年4月から2014年3月まで、著者の常見さんが、大学の非常勤講師や評論家の仕事をしながら2年間、母校の一橋大学大学院社会学研究科修士課程労働社会学を専攻して学んでいた時に書いた修士論文がもとになっています。

 

大学院在学中に著者は、14冊の本を出し、月20本の連載を担当し、大学の非常勤講師を週5~8コマ教えていたと言います。さらに週2本のペースで講演、月数回のメディア出演もこなしながら大学院生活を送っていました。

 

仕事をしながら大学院にも通って修士資格も取れる身分というのは羨ましい境遇という気もしますが、当人は多忙で心身ともにボロボロになって、卒業後しばらく何もできなかったそうです。

 

修士論文の出来は芳しくなかったということですが、今回本書は大幅に加筆修正して日本の「就活」というものを捉えなおしたと言います。

 

新卒一括採用のメリット、デメリットや就活の歴史を概観した上で、本書は以下の5部構成にて「就活」と日本社会について考察しています。

 

 

1.日本の「就活」をどう捉えるか
2.「新卒一括採用」の特徴
3.採用基準はなぜ不透明になるのか
4.「新卒一括採用」の選抜システム
5.「就活」の平等幻想を超えて

 

 

企業が求める人物像は、1990年代を境に以下の2つ「重視する能力」が変化しています。

 

 

1.近代型能力-「基礎学力」(標準性、知識量、順応性、協調性、同質性)
2.ポスト近代型能力-「生きる力」(多様性、新奇性、意欲、創造性、個性、能動性、交渉力)

 

 

また、以下の3段階に分類して各時代に求められる人材像の変化をとらえる見方もあります。

 

 

1.第1期(60年代~70年代); 支配者層育成、幹部候補生、能力主義、年功、長期安定勤務
2.第2期(70年代~90年代); ホワイトカラー育成、能力主義、潜在能力、フレキシビリティ
3.第3期(90年代~); 良識ある市民育成、正社員・非正規社員、成果主義、潜在能力、即戦力可能性

 

 

こうした背景を踏まえて、本書では日本の「新卒一括採用」の特徴を説明しています。以下のような課題があるというのが本書の問題提起です。

 

 

1.大学在学中に一斉に行われる選考活動
2.大企業を中心とした定期採用
3.明確でない雇用条件
4.大学群による就職企業規模の違いとターゲット校の設定
5.大手企業と中堅・中小企業の階層性

 

 

次に本書では、採用基準が不透明なことについて考察しています。これは非常に根の深い問題で、そもそも企業における人事評価の基準自体が曖昧です。

 

きちんとした評価基準を明文化している企業は多いものの、その運用は評価者の好き嫌いやえこひいきで決められているというのが実態です。少なくとも私が席を置いていた大企業もベンチャー企業も同族の中堅企業も皆そうでした。

 

私自身も数多くの人材の評価を行ってきましたが、人間が人間を評価する以上、100%私情や好き嫌いを排除することは不可能です。それが「評価」だと割り切る以外にないでしょう。

 

採用基準も同様です。但し、マスメディアでよく採り上げられる「学歴フィルター」についてはさまざまな見方がなされています。大手上場企業がエントリーシートという応募書類の段階で、学歴による選考をしていると言われています。しかもリクルートやマイナビなどにアウトソースしているという話も聞きます。

 

もともとリクナビ、マイナビという二大就職ナビ(日経ナビを入れて三大ナビという見方もある)が導入されて以降、多数の会社に同時に応募することが可能になりました。応募学生が多い人気企業(大半は東証一部上場の大企業で経団連加盟)は膨大な選考コストがかかっています。

 

大量の不合格者多数の内定辞退者を出す今の新卒一括採用というシステムが果たして今後も続くのかどうか疑問視する声も出ていることは確かです。本書でも様々な見方を提唱しています。

 

「平等という幻想」を手放せば就活も採用も変わる、と本書では述べています。これが弱者の生存戦略にもなります。大手企業への就職実績が少ない大学に通う学生や、一流大学の卒業生の採用実績がない中堅・中小企業にとって、これは切実な課題でしょう。

 

本書の巻末には参考文献一覧があり、日本の就活について重要な書籍・論文が網羅されています。リクルート勤務経験もある常見さんの修士としての集大成である本書を学生、企業採用関係者双方に推薦したいと思います。

 

では、今日もハッピーな1日を!