佐野眞一氏はとても個性的な作家だ。徹底的な取材力に基づいたルポルタージュに定評があり、洞察力の深さに感心する声は多い。しかしながら、あまりの取材の執拗さ、粘着性ゆえ、トラブルも多い。
例えば、ダイエー創業者の中内功を描いた『カリスマ』では、モデルの中内氏を激怒させた。さらに大阪市長の橋下徹を描いていた雑誌の連載は、橋下氏からの抗議により連載中止に追い込まれた。「はしした」という、呼び名に、橋下氏は不快感も表わした。
佐野氏の取材は、徹底的にその出自に拘ることが特徴だ。モデルとする人物の人格、性格、考え方などがどこから来ているのかを、そのルーツを探ることによって明らかにしようという手法なのだ。
時には、本人も気付いていないような生い立ちからの影響による考え方を指摘されることもある。ただ、佐野氏もはっきり意識してのことだと思うが、モデルの人物を好意的に見ているのか、また批判的に見ているのかは、かなりはっきりと筆致に出ている。
中内功、石原慎太郎、橋下徹などは明らかに批判的。対して、『あんぽん』 の孫正義は意外にも好意的なのだ。孫氏が積極的に取材に協力したり、彼の両親を取材する中で、「自分自身でも気付かなかったルーツがわかり、勉強になった。」と感想を述べていることなども関係しているだろう。
本書は、タイトルの通り、ソフトバンク創業者の孫正義の伝記であるが、孫正義自身よりも彼の祖母や両親、とりわけ父親に関する記述や分析が多い。在日朝鮮人としての子ども時代からの苦労やエピソードも隠すことなく出てくる。
ちなみに、『あんぽん』 というタイトルは、孫正義の日本名 「安本(やすもと)」 を、当時の同級生が「あんぽん」と発音してからかっていたところから来ている。
そうした中で、孫氏の父親の起業家、ばくち屋、スケールの大きさといった破天荒な生き様からの影響が大きく、今日の孫正義を形造った、というのが佐野氏の結論だ。
なるほどと思う面もあるものの、あまりにルーツに固執し過ぎているという思いも禁じ得ない。ただ、それを割り引いても、日本の中で断トツにスケールの大きな経営者である孫正義の魅力と思考法が見事に描き出されているという意味で、ぜひ読んでおきたい一冊だ。