「世間一般にとって税務署は〝警戒すべき、怖い存在〟だろう。」― 税金を徴収し、企業に税務調査に入り、ときには財産を差し押さえる税務署。しかし、その強い権限を行使する一人ひとりの職員もまた、組織の論理や人間関係、仕事のプレッシャーに悩みながら働く生身の人間です。30年以上にわたり税務署のさまざまな現場を歩いてきた現役職員が、匿名だからこそ書ける「ありのままの税務署」を綴った異色の仕事ノンフィクションがあります。

本日紹介するのは、1970年代生まれ、関西の私立大学卒業後、国税専門官に合格、某国税局に採用され、徴収部門を経て法人課税部門で税務調査を担当、30代でうつ病を発症して2度の休職を経験し、勤続30年を超えた現在も某税務署で窓口の最前線に立つ現役職員大蔵主税(おおくら・ちから)さんが、税務調査や徴収、納税者との攻防、そして組織の中で働く税務署員の喜怒哀楽を赤裸々に綴った、こちらの書籍です。

大蔵主税『税務署員うつうつ日記』(三五館シンシャ)

税務署というと、私たちはどのようなイメージを持つでしょうか。映画やテレビドラマに登場する国税査察官、いわゆる「マルサ」のように、大勢で会社に踏み込み、隠された帳簿や資産を徹底的に調べる姿を思い浮かべる人もいるでしょう。

あるいは、税務署の窓口で細かな規則を説明する、融通の利かない役人というイメージかもしれません。ところが著者によれば、実際の税務署にあるのは、そんなステレオタイプな世界ではありません。

納税者との駆け引きがあり、クレームがあり、上司への忖度があり、人事評価があり、異動があり、仕事のできる人とできない人がいて、そして仕事に追い詰められて心身の調子を崩す人もいる。

そこにあるのは、まさに「人間臭い営み」であり、「社会の縮図」なのです。

本書は以下の4部構成から成っています。

1.税務署員、冷や汗の日々

2.税務調査の内幕

3.うつと税務署

4.やめるか、まだ続けるか

 

本書の前半では、税務署員の日常と、徴収・税務調査という仕事の知られざる実態について、以下のポイントを紹介しています。

◆ 税務署の窓口では、納税者から税金に関するありとあらゆる質問や相談、クレームが持ち込まれ、職員には複雑な税制を正確に理解したうえで説明する「歩くQ&A」のような能力が求められる

◆ 税務署員にとって難しいのは、単に税法を適用することではなく、納税者の事情や感情と向き合いながら、「納税者が悪いのか、税務署が悪いのか」という簡単には割り切れない問題を処理することである

◆ 国税専門官として採用されると、研修を経て法人、個人、資産、徴収などの部門に配属され、著者はまず徴収部門で、滞納者への対応や財産の差し押さえという税務署ならではの厳しい仕事を経験する

◆ 法人課税部門の税務調査では、限られた人員と時間の中で「どの企業を調査するか」を選ぶこと自体が重要な仕事となり、帳簿や申告内容から不自然な点を見抜く調査官としての勘と経験が問われる

◆ 税務調査の現場では、教科書のような帳簿改ざん、銀行調査、タレコミ情報、経営者の動揺や言い訳など、数字だけでは理解できない人間ドラマが繰り広げられている

 

この本の中盤では、法人課税部門で税務調査を担当する著者が直面した現場の実態と、仕事によって心身が追い詰められていく過程について解説しています。主なポイントは次の通り。

◆ 税務調査では帳簿や申告書を見るだけでなく、経営者や税理士との対話、取引先や銀行への調査などを通じて事実を積み上げ、申告内容が適正なのかを判断していく

◆ 「これは経費になりません」と指摘する税務署員と、できる限り経費として認めてもらいたい納税者との間には常に緊張関係があり、調査官には税法の知識だけでなく交渉力やコミュニケーション能力も求められる

◆ 税務署も一つの巨大組織であり、署長、統括官、調査官という上下関係、人事異動、評価、実績などが職員の行動に大きく影響し、「正しい税務行政」という理念だけでは動かない組織の論理が存在する

◆ 著者は税務調査のプレッシャーや積み上がる仕事、人間関係のストレスなどから30代でうつ病を発症し、2度の休職を経験することで、「仕事に没頭すること」が必ずしも正しい働き方ではないと気づいていく

◆ 心の病から職場復帰した後も、周囲の視線や再発への不安を抱えながら、「いつ壊れるかわからない機械」のような自分自身と付き合い、仕事との距離を取り直していく

 

本書の後半では、長い税務署員人生を経て、著者が「やめるか、まだ続けるか」と揺れながら働き続ける姿について紹介しています。主なポイントは以下の通りです。

◆ 税務署も人材不足という問題を抱え、新人教育や業務継承の負担が増える一方、税制は複雑化し、納税者への対応にもますます高い専門性が求められている

◆ 窓口業務では税金の相談だけでなく、理不尽な要求や苦情にも向き合わなければならず、「何を言ってもダメな人」への対応など、税法とは別の対人スキルが必要になる

◆ 税務署という組織には強い権限と社会的信用がある一方、その看板の内側では、職員一人ひとりが仕事への誇りと違和感、組織への愛着と反発という相反する感情を抱えて働いている

◆ エリートとして国税の世界を歩んできた職員であっても、組織の中で居場所を失ったり戦線離脱したりすることがあり、「公務員だから安泰」という外部からのイメージとは違う現実がある

◆ 著者自身も2度の休職を経験しながら、「辞めるか、まだ続けるか」という問いを抱え続け、それでも30年以上働いてきた自分の人生を、成功談にも悲劇にもせず淡々と見つめている

 

本書を読んで私が最も印象に残ったのは、タイトルにある「税務署員」よりも、むしろその後に続く「うつうつ日記」という言葉です。これは単なる「税務署の裏側を暴露する本」ではありません。

税務署という特殊な職場を舞台にしていますが、描かれているのは、日本の多くの組織で働く会社員や公務員にも共通する「働く人間」の姿だからです。

納税者にとってはできれば避けたい存在ですが、税金を公平に集めなければ社会そのものが成り立ちません。だからこそ、税務署員「必要不可欠なのに嫌われる」という難しい立場に置かれています。

本書の面白さは、その仕事を「正義の徴税官」として美化することも、「権力を振りかざす役人」として批判することもなく、一人の現役職員の目から淡々と描いているところにあります。

また、税務調査の具体的なエピソードからは、経営者や個人事業主にとって重要な教訓も読み取れます。

さらに私が考えさせられたのは、著者が30代でうつ病を発症し、2度休職しながらも、勤続30年を超えて現在まで働いていることです。人生100年時代には、仕事との付き合い方も変えていかなければなりません。

本書の著者が、病気を経験した後に「仕事に没頭してはいけない」と考えるようになったことは、人生後半を長く働き続けるための大切な知恵ではないでしょうか。

会社員、公務員はもちろん、税務署との付き合いが避けられない経営者、個人事業主、ひとり起業をしている人、そして人生後半の働き方を考えている人にも、ぜひ読んでほしい一冊です。

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では、今日もハッピーな1日を!【4206日目】