「既存事業を深めながら、新規事業を育てる。」― 企業が持続的に成長するためには、今ある強みを磨き込む「深化」と、新しい可能性を探る「探索」を同時に実現しなければなりません。本書は、この一見矛盾する二つの活動を両立させる「両利きの経営」を、豊富な企業事例と組織論の研究成果から体系的に解説した経営書です。

本日紹介するのは、スタンフォード大学経営大学院教授で、カリフォルニア大学バークレー校にて情報システム学の修士号、組織行動論の博士号を取得し、リーダーシップ、組織文化、人事マネジメント、イノベーションなどを専門とするチャールズ・A・オライリーさんと、ハーバード・ビジネススクール教授で、コーネル大学で科学修士号、マサチューセッツ工科大学(MIT)で組織行動論の博士号を取得し、技術経営、リーダーシップ、組織変革などを専門とするマイケル・L・タッシュマンさんが書いた、こちらの書籍です。

チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン『両利きの経営(増補改訂版)ー「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』(東洋経済新報社)

 

本書は、成熟企業が陥りやすい「成功の罠」を乗り越え、既存事業を磨く「深化」と、新たな事業機会を探る「探索」を同時に進めることで、変化に適応し続ける組織をつくる方法を解説しています。

 

本書は以下の3部・10章構成から成っています。

第1部 基礎編:ディスラプションに向き合うリーダーシップ

1.イノベーションという難題

2.探索と深化

3.イノベーションストリームとのバランスを実現させる

4.競争優位/競争劣位としての組織文化

第2部 実践編:イノベーションのジレンマを解決する

5.7つのイノベーションストーリー

6.実行面で成否を分ける紙一重の差

7.イノベーションの3つの規律三領域

第3部 飛躍する:両利きの経営を徹底させる

8.両利きになるための4つの要件

9.両利きをドライブさせるリーダーシップと幹部チーム

10.変革し続けるために

 

本書の前半では、「両利きの経営」の基本となる「探索」と「深化」の考え方、およびイノベーションを阻む組織の構造について、以下のポイントを中心に解説しています。

◆ 既存事業を効率化し、改善を積み重ねる「深化」と、新しい市場や技術、ビジネスモデルを試す「探索」の両方が、企業の長期的な存続には必要になる

◆ 成功している企業ほど、現在の顧客、収益モデル、組織能力に最適化されているため、破壊的な変化への対応が遅れる「成功の罠」に陥りやすい

◆ 深化ユニットでは効率性、品質、漸進的改善が重視される一方、探索ユニットでは実験、スピード、失敗からの学習といった異なる文化や能力が求められる

◆ 新規事業を既存事業と同じ評価基準や管理方法で運営すると、短期的な収益性や効率性が優先され、探索活動が潰されてしまう危険がある

◆ 組織文化は競争優位の源泉になる一方、環境が変化したときには過去の成功体験を固定化し、イノベーションを妨げる競争劣位にもなり得る

 

この本の中盤では、ネットフリックスやアマゾン、富士フイルム、AGCなどの事例を通じて、「両利きの経営」を実践する際に成否を分けるポイントが紹介されています。主なポイントは次の通り。

◆ 既存事業と新規事業を単純に分離するだけではなく、探索ユニットが既存企業のブランド、人材、技術、顧客基盤などの資産を活用できる仕組みが必要になる

◆ 探索ユニットには既存事業とは異なる組織構造や評価制度を与えながら、経営トップのレベルでは両者を統合することが重要になる

◆ イノベーションの成功には、新しいアイデアを生み出すだけでなく、実験を繰り返し、学習し、事業としてスケールさせる一連の規律が必要になる

◆ 富士フイルムのように、既存技術や組織能力を別の市場へ応用することで、主力市場が縮小しても新たな成長機会をつくり出すことができる

◆ 両利きの経営を実現できるかどうかは、制度や組織図以上に、経営トップが探索と深化の矛盾を受け入れ、双方を守り育てるリーダーシップを発揮できるかにかかっている

 

本書の後半では、両利きの組織を持続的に機能させるための要件と、経営者・幹部チームに求められるリーダーシップについて解説しています。主なポイントは以下の通りです。

◆ 探索と深化という異なる活動を共存させるには、組織全体を束ねる明確な戦略的意図と、心に訴える共通のビジョンが必要になる

◆ 探索ユニットには既存事業から一定の自律性を与えながら、経営資源や組織能力については必要に応じて既存事業と共有できる仕組みをつくる

◆ 経営トップと幹部チームが強く結束し、「今の利益を守る人」と「未来をつくる人」の対立を調整しながら資源配分を行う必要がある

◆ 「探索か深化か」の二者択一ではなく、時間軸の違う二つの活動を同時にマネジメントすることこそが、経営者の重要な役割になる

◆ 一度の変革で終わるのではなく、環境変化に応じて既存事業を刷新し、新たな探索を繰り返す「変革し続ける能力」を組織そのものに埋め込むことが重要になる

 

本書の最大のメッセージは、「二兎を追う者は一兎をも得ず」ではなく、企業経営では「二兎を追わなければ生き残れない」ということです。

既存事業には、現在の顧客がいて、売上と利益があります。そのため、多くの企業では、どうしても既存事業の改善、効率化、コスト削減といった「深化」に経営資源が集中します。これは短期的には正しい判断です。

しかし、その成功が長く続けば続くほど、「これまでのやり方で十分だ」という思考が組織に定着し、新しい技術やビジネスモデルを過小評価するようになります。

その結果、環境が大きく変わったときには、優良企業であったはずの会社が一気に競争力を失うことがあります。

本書が示す「両利きの経営」とは、このジレンマへの処方箋です。既存事業を捨てるのではなく、徹底的に磨き込む。同時に、その事業とは異なるルールで未来の可能性を探索する

とくに生成AIの急速な普及により、多くの企業がDXやAI活用を迫られている現在、「深化」と「探索」の考え方はますます重要になっていると感じます。

既存業務にAIを導入して効率化するだけなら、それは基本的には「深化」です。一方で、AIによってこれまで存在しなかった商品やサービス、ビジネスモデルを生み出すことは「探索」に当たります。企業が本当にAI時代を勝ち抜くには、その両方を同時に進めなければなりません。

この「両利き」という考え方は、企業経営だけでなく、個人のキャリアにも応用できるのではないでしょうか。

今持っている専門性を磨き、収入を得続ける「深化」を行いながら、新しいスキルを学び、副業や新しい仕事に挑戦する「探索」を続ける。

人生100年時代のキャリアにおいても、「今の強みを深めること」と「未来の可能性を探索すること」の両立が重要になります。

とくに40代、50代、60代の会社員にとっては、現在の仕事だけに最適化するのではなく、AI、学び直し、副業、ひとり起業など、小さな「探索」を始めておくことが、人生後半の大きな選択肢につながるでしょう。

企業経営者や管理職、新規事業担当者はもちろん、DXやAI時代の組織変革を考える方、そして人生後半のキャリアを複線化したいビジネスパーソンにも、ぜひ読んでほしい経営の名著です。

YouTubeチャンネル「大杉潤のYouTubeビジネススクール」でも、読書術、人生後半戦の生き方、定年後キャリア、資産形成、健康、AI活用などについて発信しています。ぜひチャンネル登録をしてご覧ください。

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では、今日もハッピーな1日を!【4169日目】