『不寛容社会』

2020.06.14 (日)

「海外での長い経験を経て、今あらためて日本について考えてみると、この20年ばかりの間にずいぶんと『不寛容な社会』になってしまったと感じています。」と述べている本があります。

 

 

本日紹介するのは、シラキュース大学大学院にて国際関係論および情報管理学修士を取得ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在は著述家として活動している谷本真由美さんが書いた、こちらの書籍です。

 

 

谷本真由美『不寛容社会』(ワニブックスPLUS新書)

 

 

この本は、芸能人の不倫の叩き方など、「なぜ日本人は見ず知らずの人を叩かずにはいられないのか?」「なぜ日本人はこんなに不寛容になってしまったのか?」について、海外の事例も踏まえて、日本人が「他人叩き」をやめ、より住みやすい社会にするために何が必要なのかを考えていく書です。

 

 

 

本書は以下の5部構成から成っています。

 

 

1.他人を叩かずにいられない日本人

 

2.「一億総叩き社会」日本の考察

 

3.お笑い! 海外の「他人叩き」事情

 

4.世界に学ぶメンタリティ

 

5.新時代のただしい「正義感」とは

 

 

 

この本の冒頭で著者は、舛添要一・元東京都知事の資金不正利用疑惑に対するリンチ(叩き)について、その詳細を検証・分析しています。

 

 

 

舛添氏は、経費の支出や公用車の利用、出張経費は、都のルールの範囲内で不正とは言い切れない状況でしたが、『週刊文春』の記事をきっかけに、舛添氏の疑惑に関するメディア露出が飛躍的に増加、ネットでも批判がヒートアップしました。

 

 

 

都庁への抗議は1日千件を突破しましたが、抗議の多くは「違法ではないが道義的責任がある。辞任すべきだ」と迫る情緒的なものばかりだったということです。

 

 

 

経費の面で言えば、石原慎太郎・元東京都知事の方が億単位の支出で舛添氏とは比べ物にならない金額でしたが、舛添氏が世間やメディアから徹底的に叩かれたのは、石原氏のような後ろ盾がなかったことに加え、支出の一部が公私混同であり、さらにその金額が庶民感覚の範囲内だったことも批判が拡大した大きな要素だった、と著者は分析しています。

 

 

 

舛添氏の経費スキャンダルに関しては、一般的な経費の不正使用に比べて圧倒的にスケールが小さく、庶民感覚の範囲内だったからこそ、一般人の怒りにさらに火をつけてしまった、金額的にも誰もが自分のこととして考えやすかったのです。

 

 

 

続いて、日本のメディアが他の報道すべき重大な事柄をないがしろにして、政治家や芸能人叩きに走るのは、テレビの場合は「視聴率が稼げるから」です。

 

 

 

芸能人を叩くことは、訴訟リスクを犯して大企業を追求するよりも、リスクもコストも低い楽なネタであるためです。「他人を叩く」ことは、仕入れ値が安く、そのわりに視聴率が取れて、部数もはけて、ページビューも上がる、費用対効果の高い最高のネタだ、と本書では解説しています。

 

 

 

「水に落ちている犬」状態の政治家や芸能人叩きなら、反撃されるリスクもなく、大衆の感情に訴える(自分は真面目に働いても生活が苦しいのにズルをしてけしからん、という不満のはけ口とする歪んだ正義感)ので、消費者の満足度も高く、メディアにとって非常に「助かる」コンテンツ、というわけです。

 

 

 

次に、日本が「一億総叩き社会」になっている背景として、中根千枝さんが著書で指摘する「ウチ」と「ソト」の断絶という概念が日本人に沁みついていることを挙げています。

 

 

 

それに対して、ドイツ、オーストリア、スイスなど北部欧州では「資格」を重視し、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどは形式的な「資格」だけでなく、「役に立つか」「面白い人間か」を重視します。

 

 

 

また、イタリアやフランスなど地中海文化圏では、資格よりも「自分の感情が一番重要」ということになります。

 

 

 

この本の中盤では、海外の「他人叩き」事情について紹介しています。紹介されている主な国々は次の通り。

 

 

◆ インド(カースト制度の影響)

 

◆ イタリア(枠から外れる人間)

 

◆ スペイン(同調圧力の強さ)

 

 

 

本書の後半では、日本人がメンタリティを学ぶべき国について考察されています。参考になる主な国々のメンタリティは以下の通り。

 

 

◆ 中国人の「面子第一主義」

 

◆ 欧州北部や北米の「個人主義」

 

◆「階層」と「階級」があることを当たり前と考える北部欧州と北米、メンタルが「枯れている」

 

 

ここで言う「階級」(=class)は歴史的、文化的背景から生み出される概念で、移動が難しいもの。一方、「階層」(=social stratum)は職業や収入などの格差によるもので、移動は可能なことがあります。

 

 

 

階層移動が難しい国のランキングは以下の通りです。

 

 

1.アメリカ

 

2.イギリス

 

3.イタリア

 

4.フランス

 

5.オーストラリア

 

 

但し、近年はどの国でも「階層移動」が難しく「固定化」する傾向が見られます。とくにアメリカはそもそも階層移動が難しい国だからこそ、「アメリカ人は他人には興味を持たない」というか、興味を持てすらしないのです。

 

 

 

この本の最後で著者は、日本人の「正義感」について考察しています。主なポイントは以下の通りです。

 

 

◆ 人種的に「均質な」集団社会で、異質なものへの「不寛容さ」がある

 

◆ 日本の職場で発動される余計な「正義感」

 

◆ ルール硬直化で変化に対応できない日本人の「正義感」

 

◆ マスコミのずれた「正義感」

 

◆ ネット上の熱すぎる「正義感」

 

 

 

あなたも本書を読んで、日本がなぜ、「他人叩き」に終始する「不寛容社会」になってしまったのかを考察し、より生きやすい社会にするにはどうすべきかを考えてみませんか。

 

 

 

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では、今日もハッピーな1日を!【2421日目】

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