岩本敏男氏は東大工学部を卒業後、日本電信電話公社(民営化後のNTT) に入社し、中央官庁システムの開発、日銀ネットや東京証券取引所システムなど重要プロジェクトを数多く手がけた。
その後、日本のIT高度化に大きく貢献し、現在は株式会社NTTデータ代表取締役社長だ。我が国のITの導入・進化・発展を、システムエンジニアの現場と、ITビジネス経営の両面から見てきた第一人者だろう。
本書は、ITの本質を見事に体系立て、ビジネス界で働く人々に指針を示すように解説した 「珠玉の書」 だと思う。以下にエッセンスを示したい。
現在は、①農耕革命、②産業革命に続く、③情報通信革命の真っ只中にある。米国の未来学者アルビン・トフラーの書いた 『第三の波』 (中公文庫)で述べられた通りの社会となっている。
情報とは何か、については、①クロード・シャノン(米)が0と1から成るデジタルを発明し、「対象の不確実性を減少させるもの」 という定義が重要だ。
また、②ハーバード・サイモン(米)が唱えた情報の階層ー1)データ2)インフォメーション3)インテリジェンス(知見)-を経て意思決定を行う、という主張を踏まえるべきだ。
さらに、③ジョン・フォイ・ノイマン(ハンガリー)がコンピュータ設計を行い、情報の利用価値やゲーム理論を確立した点を念頭に置くべきだろう。
情報通信革命は、次の3大要素の進化によって進められている。
1.CPU (中央演算処理装置) : ムーアの法則通り、12~18ヶ月ごとに倍の能力に発展
2.ストレージ (記憶装置) : 情報の保持・管理容量が飛躍的に拡大
3.ネットワーク (インターネットを含むデータ通信) : 大容量・高速化が飛躍的に進展
情報通信革命による社会変化として、以下の3点が重要だ。
1.クラウド・コンピューティング : CPUやストレージをネットワーク(雲の向こう)に拡散させるサービス
2.スマートフォン : 掌に入るPCに、GPS、電子コンパス、加速度センサー等のセンシング・デバイスを追加
3.ビッグデータ : 情報のデジタル化により大量・多様化したデータをリアルタイムで扱う
現在のビッグデータの中では、①ライフログ・データ(生活の行動・選択)と、②センシング・データ(センサーが出力するデータ)がとくに注目されている。
ビッグデータがビジネスで重視されるのは、巨大なデータを分析し、傾向を見て将来を予測できるようになったからだ。
情報社会のトレンドとしては、以下の4点を挙げたい。
1.競争の源泉が知識・ノウハウの活用へ
2.マス重視から個重視へ
3.環境・ニーズ変化に対してリアルタイムな対応
4.誰でも活用できるITへ
世界のIT投資の現状を見てみると、欧米に比較して日本の遅れは深刻だ。欧米企業は売上の3.6%をIT投資に充てるが日本企業は1.2%と3分の1だ。さらに、IT新規投資の額では5分の1となる。
欧米ではパッケージソフトの活用が主流だが、日本企業は自前システム(カスタムメイドのソフトウェア開発)に拘り、維持管理コストが高いためだ。
ソフトウェア開発は、①要件定義、②設計、③製造、④テスト、の工程から成り、これは1960年代にIBMが発明してから変わらない。基本的に人手だが、この開発の自動化に以下のコンセプトで取り組んでいる。
1.徹底的な開発の自動化
2.膨大なデジタル資産の活用
ソフトウェア開発の自動化は、競争力の源泉となるカスタムメイド志向と開発期間の短縮化を同時に実現するための取り組みだ。
経営者とITの関わりとして、経営者がITに対して持つべき心構えを述べたい。まず我々が情報通信革命の真っ只中にいることを認識した上で、以下の3点を理解することだ。
1.社会そのものがIT化している
2.企業を支える業務プロセスがIT化している
3.ITの進化が止まることなく続いている
情報通信革命が続いている中では、スマートフォンやクラウド・コンピューティングが普及し、ビッグデータには未来を予測するデータが眠っている社会であり、マーケティングをやり直すリマーケティングも必要だろう。
最後に、ITがもたらす 「光」 と 「影」 について述べたい。そもそも科学技術には、つねに 「光」 と 「影」 が宿命だ。自動車は人を 「より速くより遠くへ」 運んだが、多くの交通事故による犠牲者を生みだした。原子力は、発電だけでなく原爆も生み出した。
IT技術の進歩も以下の「影」の部分を生み出している。
1.動かなくなること (システム障害)
2.暴走すること (アルゴリズム・トレード、HFT)
3.犯罪に利用されること
4.いつまでも残ること
5.人の職を奪うこと
これらITの負の側面は、やはりITによって解決できるはずだ。例えば、系(スステム)による制御の考え方だ。それは、インプット → プロセス → アウトプット → センサー → フィードバック → インプット という循環だ。
現在は、これまでの人類の歴史と同様に、情報通信革命の中で、いかに幸福を求めていくかを考え続けねばならない。
以上のように本書は、現代社会を情報通信革命の中と位置付け、いかに幸福を実現すべきかを説いた名著だ。すべての経営者、ビジネスパーソンに心から強く推薦したい。