書評ブログ

石黒圭 『「読む」技術 速読・精読・味読の力をつける』 (光文社新書)

石黒圭氏は、1969年大阪府生まれで、一橋大学社会学部卒業、早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程を修了した。現在は、一橋大学留学生センター・言語社会研究科准教授だ。

 

本書は、言語学習における四技能、すなわち、①読む、②書く、③聞く、④話すという、四つの技能のうち、他の三技能よりも軽んじられる傾向がある 「読む」 技能について考察した書だ。2014年に紹介する最後の書として本書を採り上げたい。

 

現実の生活を振り返ってみると、実は 「読む」 という活動に極端に偏っていることがわかるだろう。「読むのに技術が必要か」 という問いについては、本書の答えはもちろん 「必要だ」 ということだ。

 

本書の構成は以下の四部から成っている。

 

1.読みの理論
2.速読 ー 速く効率的に読む技術
3.味読 ー 文章世界に自然に入りこむ技術
4.精読 ー 深く多面的に読む技術

 

本書の冒頭で、まず 「読み」 のプロセスの四段階が紹介されている。以下の四つだ。

 

1.画像取得活動
2.文字認識活動
3.意味変換活動
4.内容構成活動

 

第一段階の 「画像取得活動」 は、文字列を脳内に取り込む活動だ。第二段階の 「文字認識活動」 は、画像として脳内に取り込まれた文字を、文字として認識する活動を指す。

 

一般的に言われる 「速読の技術」 というのは、この第一・第二段階の 「画像取得活動」 と 「文字認識活動」 に焦点を当て、そこをトレーニングすることが多い。

 

本書では、それを対象外とし、第三段階の 「意味変換活動」 および第四段階の 「内容構成活動」 に焦点を当てて論じている。「意味変換活動」 というのは、文字列を意味に変換する活動だ。ここでは、脳内の辞書と文法が活躍する。

 

「内容構成活動」 というのは、脳内の辞書と文法によって意味に変換した文字列を、すでに私たちの頭の中にある知識やその場の状況(あるいは文脈)と結びつけ、実感をともなうイメージを構成する活動のことだ。

 

本書によれば、人間が文章を読むことの意義は、意味を見いだすところにある。文字列に意味を見いだす能力を高めることが、読む技術の習得への一番の近道と考えている。

 

「意味変換活動」 というのは、心理学や人工知能研究で、「ボトムアップ処理」 または 「データ駆動型処理」 と呼ばれるものとほぼ重なっている。

 

文字列を要素の組み合わせととらえ、文法という一定の規則に従って意味を見いだす活動、それがボトムアップ処理だ。

 

それとは反対に、読み手が頭の中に持っている知識から出発し、文字列に意味を付与していく 「トップダウン処理」 あるいは 「概念駆動型の処理」 と呼ばれるものがある。

 

トップダウン処理には 「推論」 の力が関与する。推論というのは、書かれていないことを類推して読むことだ。書いてあることをヒントにした合理的な推理であり、読むプロセスの最終段階である内容構成活動において、推論は大活躍する。

 

つまり、言葉を手がかりにして、推論によって頭の中に意味を見いだす活動こそが、理論活動の中心であり、コミュニケーションもそうして行われるものだ。

 

本書は、「読む技術」 をテーマにした書だが、私の開発した 「多読法」 の理論的・技術的なバックボーンの書ともなっている。本書で提唱する 「読む技術」 は以下のように分類される。

 

1.速読 ; ①スキャニング(超速読)、②スキミング(速読)
2.平読 ; ③味読
3.精読 ; ④熟読(精読)、⑤記憶(超精読)

 

一般的に、読む技術は 「速読」 と 「精読」 に分かれるが、本書ではその中間的な読み方を 「平読」 として、ひとつの技法に位置付けている。具体的な読み方としては 「味読」 と呼んでおり、書かれている内容を楽しく味わう読み方だ。

 

さらに、読解ストラテジーとして、上記の三分類をさらに細分化して下記8種類のストラテジーとしている。

 

1.話題ストラテジー(速読)    ; 知識で理解を加速する力
2.取捨選択ストラテジー(速読) ; 要点を的確に見抜く力
3.視覚化ストラテジー(味読)   ; 映像を鮮明に思い描く力
4.予測ストラテジー(味読)    ; 次の展開にドキドキする力
5.文脈ストラテジー(味読)    ; 表現を滑らかに紡いで読む力
6.行間ストラテジー(精読)    ; 隠れた意味を読み解く力
7.解釈ストラテジー(精読)    ; 文に新たな価値を付与する力
8.記憶ストラテジー(精読)    ; 情報を脳内に定着させる力

 

本書は、私がこれまでに読んだ 「読書術」 関連の書籍に中では群を抜いて理論的に 「読む技術」 を説いた書と言える。

 

とくに上記1番目の 「話題ストラテジー」 については、読む本が何をテーマとしているか、を最初に掴む技術として重要だ、という説明はよく分かった。「スキーマ」 という概念を使った説明は理論的だ。

 

「スキーマ」 とは、理学者のバートレットが提唱した概念で、「構造化、一般化された知識の枠組み」 を表している。多くの本を読む多読をすると、知識の集積が進み、数多くのスキーマを理解できることから速読ができるのだろう。

 

読書について、しっかりと 「技術」 と 「理論」 を学びたい人に、本書は最適だ。2014年の締めくくりの推薦書として本書を挙げたい。