書評ブログ

出口治明『「働き方」の教科書』(新潮社)

出口治明氏は、1948年三重県生まれで、京都大学法学部を卒業後に日本生命保険相互会社へ入社。経営企画を担当した後、同社ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、2006年に退職した。

 

59歳の時に起業し、岩瀬大輔氏とともにライフネット生命保険株式会社を設立し、現在は会長兼CEOを務めている。ライフネット生命保険は2008年に、独立系生保として、日本で74年ぶりに設立された画期的な生命保険会社だ。

 

本書は「無敵の50代」になるための仕事と人生の基本を述べた書だ。出口氏の日本生命での経験を踏まえた、20代・30代・40代のふさわしい働き方や、起業するのに最も相応しい50代の生き方についての記述は、50代の私には心に沁みる。

 

本書の冒頭で出口氏は「人生の真ん中は50歳」という持論を述べる。人生80年時代の現在、20歳成人までの親がかりの期間を除く20~80歳までの30年間を半々にすると30年。20歳に30年を足した50歳が丁度、人生の折り返しということだ。

 

出口氏のモットーは「悔いなし、遺産なし」の人生だ。人生の最期に、やり残したことを後悔するほど不幸せなことはない。また子供や孫は、ゼロから平等な条件で人生の競争をスタートすべきだとしていて、もっともだと思う。

 

もうひとつ、「人生が楽しいかどうかの判断基準は、喜怒哀楽の総量にある」としている考え方はユニークで共感する。普通は、悲しいことがマイナス100、嬉しいことがプラス100なら、トータルでプラスマイナス・ゼロとする。

 

マイナス100の悲しい出来事や辛い経験も、時間が経てば絶対値の100が残り、嬉しいことの100と合わせて200になる、と考える。だから、チャレンジして失敗した人生の方が、楽しさは大きくなり、後悔することもない。

 

こうした人生観を持つ出口治明氏による、「働き方」 の教科書の中で、とくに得るものが多いと感じたアドバイスを以下に紹介していこう。

 

1.人間は動物として自然なことをやるべきだ
2.もともと社会は理不尽なもの、子供には早くから全てを見せた方がいい
3.キッシンジャー米元国務長官は、「人間はワインと同じでクリマ(Climate = 気候・風土)の産物だ」 と言っている
4.人生を無駄にする三つの行動は、①済んだことに愚痴を言う、②人を羨ましいと思う、③人によく思われたいと思う
5.教育の目的は、生きるための武器を与えること

 

6.チャレンジは99%は失敗する、結果は死んでから分かることも多い
7.人間の能力はチョボチョボで、大差ない
8.「自分が生まれる前のことについて無知でいることは、ずっと子供のままでいることだ」 (ローマの哲学者キケロ)
9.人生はトレードオフ、池に石を投げ入れれば必ず波紋が起こる
10.何か新しいものを入れようと思った時は、先に何かを捨てなければならない

 

11.仕事(ワーク)は人生の3割、残りの7割(ライフ)の方がずっと大切で、それはパートナー、家族、友人だ
12.人目や他人の評価を気にせず、自分に正直であればそれで十分、仕事は3割でどうでもいいことだ
13.ダイバーシティ(多様性)と楽しさがある組織が勝つ
14.数字・ファクト・ロジックで議論をして、早い意思決定をすること
15.仕事の質は、楽しさと驚きで決まる

 

以上が、20代までの仕事のやり方、人生の考え方の基本だ。次に30代・40代の管理職としての仕事の進め方として、まず部下を使う時の心構えを紹介したい。以下の「人間のリアリティ」を知っておくことが重要だ。

 

1.人はみな変な人間で、まともな人はいない
2.人格円満で立派な人なんかいない
3.人はみんな、なまけものである

 

名言だと思う。私があえて付け加えるとすれば、「4.自分と同じ考え方、価値観を持った人間はひとりもいない」 ということだ。だからこそ著者は、自分の考え方や期待する仕事を、相手に伝わるように丁寧に説明しなければならない、と言っている。

 

それから40代の仕事の進め方について、出口氏は 「有限の感覚」 を持つこと、を挙げている。時間は無限ではない、部下の能力も無限に伸びるわけではない。期待の6割もいけば合格点だ。

 

大きいグループを任された40代は、捨てることを覚えないと全体が見えなくなっていく。どの幹を押さえ、どの枝を見ないようにするか、そのマネジメントが40代には必要になってくる。だから敢えて、専門分野、得意分野は捨てるべきだとしている。

 

以上をまとめると、20代は自分ひとりでやる仕事のやり方を覚え、30代では人を使いながらチームで仕事をすることを覚え、40代では組織を率いることを覚える、ということになる。

 

著者はダーウィンの進化論を信奉していて「人生はすべて運と適応だ」としている。特殊なことは外し「普遍」だけを次の世代に伝えていきたい。但し、思いの1割も伝われば御の字だ。

 

最後に50代の働き方、実は50代は「無敵」で、起業に最適だ。起業に必要なものは、①強い思いと、②算数、だ。

 

「強い思い」とは、やりたいこと、好きなことで、「算数」とは事業計画だ。次に、「旗を揚げること」、すなわち文章化して発信することだ。それは以下の3つ。

 

1.ミッション (社会的使命)
2.コアバリュー (どういう会社を作りたいか、思いそのもの)
3.ビジョン (めざす未来像)

 

これからのビジネスは「共感」が成功の鍵を握っており、以上の3つがしっかりしていなければ、お客様の支持は得られない。

これから日本は、少子高齢化社会が急速に進んでいくととが確実で、教育改革、とくに大学改革は急務だ。50代はもちろん、自分が主役の人生を考えるすべての人々に本書を推薦したい。

 

本書の最後に、ダン・ゼトラ 『5(ファイブ)』(海と月社)にある次の言葉が紹介されている。

 

「今のあなたが、残りの人生でいちばん若い。」